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2010年1月24日 (日)

第95話 節目

2006年(平成18年)夏に始めたこのブログも3年あまり経ちました。これまでの
100本ほどの記事の内容も
 1.文字や言葉を大切にしたい
 2.地球温暖化を考える
 3.地図は楽しい読み物
 4.先端技術や工業の底流
 5.身辺雑話
 6.身近な動物、植物
 7.生い立ちを回顧する
            等 多岐に亘りました。

そしてふと立ち止まって振り返って見ますと図らずもこれが自分史、自画像になっていたのです。これは当初思ってもいなかったことでした。

     P129
             ゴッホの自画像

こんな観点からこれまでの記事をこの時点を一つの区切りとして「葭の髄から天井のぞく―巻の壱―」と言った感覚で私の自画像的ブログに節目を付けるのも良いのではないかと考えています。

さてここで気分一新、このブログも想を改めてまだまだ続ける心算です。宜しく従前通りお目通し下さるようお願い申し上げます。

2009年10月16日 (金)

第94話 今年は「きんもくせい」が二度咲きました

我が家のきんもくせいが咲いたのが9月上旬、いつもの年より多少早かったような気がします。楽しませてもらいました。ところが最近再び咲きました。先日より盛大でした。1シーズンに2回楽しめたのでチョッと得した気分になりました。

    F19

楽しみの傍らふと気が付いてみればこれまでに1シーズンに2度咲いたことなどありませんでした。おおげさに言えば「天変地異」の前触れなのかも知れないと、あらぬ気持ちが頭をよぎりました。いやいや今様に言って地球温暖化によるものだとすれば大方の人は納得するのでしょうね。(「おいおい2度咲いたからと言って何もかも地球温暖化の所為にしなさんな」といったきんもくせいのつぶやきが聞こえてきそうな気がしますがねー・・・)。

こんな経験は初めてですが、さる友人によりますと金木犀は2度咲くことがあるのだと。
学識とご経験豊かな方のご見解を聞いてみたいものです。

2009年9月22日 (火)

第93話 氏より育ちかな

秋のお彼岸。秋晴れのもと向島百花園を散策しました。萩をはじめ旬の草花が咲き競っていました。楽しくしかも心休まるひと時でした。これはその一角のスナップ写真です。ふと気が付いてみると庭園の要所々々にススキが配されていたのです。ごく普通のススキなのですが、それがある種の風格を醸しだし庭園全体の草木すべての佇まいを引き立てているようでした。

    Mh5

    Mh3

猫の額ほどの我が家の庭にもこれと同種類のススキが一株あるのですが、それとこれとの醸し出す雰囲気は雲泥の差。ところを得ると平凡なススキながらこんなに力の差がでるものなのですね。

2009年9月 6日 (日)

第92話 今年の夏を振り返って見ました

秋の気配を感ずる昨今です。今年も夏の気象は厳しかったですね。局地的な豪雨、地方によってはt梅雨明けがなかった、夏らしいカラッとした天気が少なく異常に湿度が高い日が多かったなど等ありました。
これらは「異常気象」と称し権威者の大方の論調は地球温暖化によるものとしています。

気温に着目して15年間の中央気象台(東京)の毎年の8月の気温をグラフにしてみました。これが下図です。

    G17

この図を見る限り直感的に平均、最高、最低気温すべて下降傾向にあるように見受けられます。特に今年の気温は低くなっています。この現象は人類が総力を挙げて二酸化炭素排出量削減に努力していることを「良くやっている」と天がお褒めになられたことによるものなのでしょう。

しかしどうも今年の異常気象と辻褄が合いませんね。日々の気象変化を神経質に捉えて、全てが二酸化炭素のためだと決め付けて良いのでしょうか。単純には割り切れないような気がします。

私の視野が狭すぎるのでしょうか。

2009年9月 1日 (火)

第91話 うな重

秋の気配を感ずる昨今 うな重の話とはいささか季節はずれ。まあチョッとご辛抱の程を。

「石麻呂に 吾れものもうす 夏痩せに よしといふものぞ 鰻(むなぎ)とり食(め)せ」(大伴家持)なる歌が万葉集に見られます。大伴さんが友人か部下か判りませんが体力の消耗した石麻呂さんに「鰻でも食べて元気になりなさいよ」といった光景が目に浮かびます。えっ 千数百年前にすでに鰻は滋養強壮食品として食用に供されていたようですね。どんな調理法だったのでしょうか。そういえば先日の丑の日に食べたうな重は大伴家持が食べたものと同様のものであったと思うだけでも愉快になります。

     P127

土用の丑の日に鰻を食べることになったのは江戸時代に平賀源内の提案がきっかけになったとされています。万葉の時代から千年以上の時を経て蒸す、焼く、タレ等調理法に様々な工夫がなされて今日のうな重があるのでしょうが、鰻が健康に良いという根幹は千年以上前に人々は知識として知っており、それが今日まで続いています。大伴さんがビタミンやカロリーの知識を持っていたことは全くありえず、これらやかましいことは後世の人がやったこと。

鰻に限らず今我々が日常食べているものの根幹は遥か以前に我々の祖先がしっかりと築き上げており、「食物を摂取し生命を維持する」という人間の本能を満足させる状況はすでに遥か千年以上も前に確立していたのではないでしょうか。
これまでの食品、料理に関する様々な人間の所業はその根幹に枝葉を茂らせることだったのですね。そしてそれに関する学問、科学、技(わざ)は「説明」「解説」の役目を果たしているだけであるような気がします。

見方を変えれば今日の「食事を摂る」という行為は本能むき出しの状態に戻ってもよいのではないでしょうか。

2009年7月27日 (月)

第90話 月下美人でお付き合い深まる

「今晩は」先日の夕刻、隣人から突然のお声掛かり。「月下美人がこれから咲きます。いらっしゃいませんか」。突然のことながら夕食もそこそこにお邪魔しました。既に門前にその香漂いプロローグ充分。お庭に進み入りしばしその香と佇まいを楽しみました。

   P124

常日頃お隣さんとは四方山話、時候の挨拶を交えての穏やかなお付き合い。それがこの度は「月下美人」を仲立ちとして一層深まりました。「花が咲く」とは好もしいものですね。

2009年7月23日 (木)

第89話 平均寿命になった老人の健康の基

2009年7月16日に厚生労働省から日本人の2008年の平均寿命が発表されました。それによると男79.29歳、女86.05歳とのこと。世界でも指折りの長寿国です。私まさに当年とって80歳。年齢だけは典型的な日本人です。そして健康で長生きしている幸せをかみしめています。ここでそれを支えるのに欠かすことの出来ない食べ物について振り返って見ました。

小学校の頃までは来る日も来る日もお弁当は日の丸弁当、おかずは野菜の煮付けと漬物で代表される献立でした。カロリーまで計算された給食など全く思いもよらぬこと。長ずるに及んで青春時代には主食は雑穀とサツマイモ、そして飲み物は脱脂粉乳。さらに空腹を満たすために雑草や木の根。漸く人間らしい食事が摂れるようになってからまだ50年程しか経っていません。とは言うもののそれとて倫理観の欠如した食品関係者の作った様々なものを知らずに食べさせられて今日まで生き永らえて来ているのです。

新聞の折り込み広告、ダイレクトメールはサプリメントとしてこれでもかこれでもかと言わんばかり××ミン、○○チンの宣伝。さらには酢からニンニクまで。これを摂らなければ明日にでも寿命が尽きてしまうばかりの宣伝。まあその賑やかなこと。レストランではメニューにカロリーが併記されているのを見かけます。そして有識者と称する人の栄養に関する講演会。小学校の厳密にカロリーが計算された給食では子供たちは目を白黒させて人参、トマトを食べさせられています。

   P123_5

まあ化学の実験風に一席ぶちたい方はどうぞご遠慮なくやられたらよいでしょうが、今日の平均寿命を押し上げているご同輩は上述した私の実体験と似たような経験をお持ちであり、こんな老人達が我が国を世界有数の長寿国にしているのではないでしょうか。
食事は(病人でない限り)やかましく訳知り顔の理論や商業主義に踊らされることなくその時手に入るものを本能の赴くままに摂ればよく、こんな素朴な食事観が我が国を世界でも有数の長寿国に押し上げているにではないかと実体験を通じて思っています。

2009年6月28日 (日)

第88話 自家用自動車は秋葉原で買おう

こんな表題を掲げたとて秋葉原商店街の委託を受けたわけではありません。

十数年前まではカメラは光学機器メーカーが作り光学機器専門店が販売していました。電気釜、掃除機、冷蔵庫、テレビと並んでカメラが売られている光景など想像もできませんでした。ところがどうでしょう昨今ではカメラは殆ど電器メーカーで作られ家電販売店で売られています。

     P122
 かつて私の宝物であった銀塩カメラは今では棚の片隅で埃をかぶっています。

ご承知のように二酸化炭素排出量削減の時流に乗って自動車の動力系についても大きな開発が進められています。燃費改善→ハイブリッド→燃料電池と進み最終的にプラグイン方式の電気自動車になるとすれば、これはもう冷蔵庫や電気釜と並んで立派な家電製品ではないでしょうか。自動車メーカーは挙って電器メーカーと合併し社名もTP, HN, HS などとなり、Yo, Ya, Bi, Ko などなどの電器量販店も遠からず従来の家電製品と並べて自動車を販売することになるのではないでしょうか。恰もカメラと同様の道筋を辿ることになることが予測されます。

更に電気自動車の発展を推測してみますと別の見方もあります。これからの家族構成を考えて見ますと親父の居る場所がだんだん狭くなり、それに加えて「個」が尊重される風潮があります。そんな風潮の中で自動車は親父のみならず家族誰にとっても格好な「個の空間」を提供することになるのではないでしょうか。
住宅メーカーと共同して住宅の一部にピッタット収まる自動車がデザインされたなら自動車を購入すると言うことは単なる交通手段を得ると言うことのみならず部屋を一間増築することと同じことになるように思います。

カメラが高度に電子化されてこれまでの「写真」を大きく変えたのと同様に電気自動車は従来のガソリン車にない新しい可能性を生み出すように思います。

2009年6月21日 (日)

第87話 温室効果ガス削減のための我が家の出発点

2009年6月10日に麻生総理大臣から我が国の温室効果ガスの削減目標の発表がありました。
各産業分野では様々な思惑がありながらも一応表面上は「2020年までに2005年を基準として15%削減する」と言うことに収めた模様です。
国際的にはドイツのボンで温暖化対策の枠組みを決める作業部会が開かれましたが、各国それぞれ自国の利益を優先して駆け引きが続いたまま。「地球温暖化防止のために温室効果ガスを削減せねばならぬ」と言う大原則には立場の違いを乗り越えて異論はないものの、実行段階では視野を自国に向けたまま政治・経済を振りかざしてエコならぬ一字違いのエゴ丸出しの状態が色濃く、もはや温室効果ガス削減は科学、技術の問題ではなく一面政治のおもちゃの様相を呈しています。

議論は兎も角としていずれはやらねばならぬことと観じ、十数年続けてきた我が家の電力とガスのエネルギー消費記録の中から議論の出発点となる2005年の数字を抜き出してみました。

   G25

[この表の注釈]
エネルギーの単位はジュールとしました。カロリーにおなじみの方はこの数字を(概算)4.2で割って下さい。なおGJはギガジュールで10の9乗ジュールです。
電力の場合二酸化炭素は当然のことながら発電所での発生量です。電力の30%は原子力によるものとして計算しました。またガスの場合は家庭内での発生量です。
当家は大人二人の世帯ですが諸統計などに使われている数字を参考にしてみても略平均的であると思われますので一般的代表例とみても大きな間違いはないのではないでしょうか。
文字が小さく読み難い場合にはポインターを表中にもって行きダブルクリックすれば拡大されます。

さてここでどう考え、どんなことをしたらよいか一部仮定の数字を入れて試算してみました。
1.暖房設定温度を1℃下げる。(10%減)
2.冷房設定温度を1℃上げる。(10%減)
3.家庭電化製品の中でもエアコン、冷蔵庫、テレビを消費電力の改善されたものに変える。(20%減)
4.風力、太陽光発電設備を導入する。(30%を自然エネルギーに置換)
第3,4項を実施するためには多額の費用負担を覚悟しなければなりませんが、それでも1~4項を実施すれば二酸化炭素の排出量を20%削減できると試算されます。

さらにこれに上乗せして「おかしいな」、「こんなこと出来るわけがない」と思いつつも下記を付け加えれば大きな削減効果が期待されます。
1.地球温暖化を待ち望んで冬暖かく、夏涼しい気候になることを期待する。
2.調理になるべく火を使わないもの例えば刺身、グリーンサラダを食べる。生活全般に亘ってあまり活動的にならない。事業の拡大、大成を望まない。
3.「心頭滅却すれば火もまた涼し」を念頭に生活レベルの向上を望まない。(原始生活に戻る)。
これらは荒唐無稽な条件ですが、裏を返せばエネルギーの消費なくして人類の進歩はありえないと言うことではないでしょうか。

2009年6月 5日 (金)

第86話 映画「麦秋」回顧

麦の稔りの季節です。この時期になると何故か五十数年前に見た小津安二郎監督の松竹映画「麦秋」が原節子、笠智衆等の面影と共に思い起されます。(古いねー)。
この映画の大筋は遥か忘却の彼方に遠のいてしまいましたが、結婚にまつわる原節子演ずる紀子と家族や取り巻く人々との穏やかな交感が言い知れぬ余韻として今でも頭の片隅に残っています。記憶とは不思議なものですね。

硬質な世相から一歩離れて柔らかで穏やかな雰囲気に浸りたく、取り入れ時期を迎えた麦畑を求めて散策に出かけました。つい先頃まで麦畑であったところが野菜畑になっていたり、ところによってはすっかり住宅地になっていました。今更ここで政府の農業政策や農家の農業経営について論ずる心算はありませんが、それにしてもあまりの変わりように驚くばかりです。

麦畑を求めて自宅から1,2時間歩いて漸く畑を見つけました。それも野菜畑でした。残念ながら麦畑は見当たりませんでした。これがその写真です。

      F31

現代人はこの光景に詩情を覚えるのでしょうが、「麦秋」に郷愁をそそられた老人は多少意識を変えて世相に追従しようと努力してもとても追いつけそうにありませんでした。

2009年5月16日 (土)

第85話 そこのけ、そこのけエコ様のお通りだ

最近話題になったエコに関する醜聞を一つ。日本を代表する電機メーカー(の系列会社)が製造した冷蔵庫の素材のリサイクル率が極めて高いといったことから「省エネ大賞」を受賞し、それを宣伝文句に掲げたところ市場での評判も上々、多くのエコに熱心な善良なる消費者は先を争って購入しました。ところがそのリサイクル率のごまかしが発覚したのです。

     P121

記者会見を見る限り当メーカーの経営者、当事者そして審査にあたった財団の理事長はじめ担当者はこれだけエコを冒涜しておきながらも組織防衛と自己保身に終始しており何の罪悪感もない模様。この時節エコは大義。エコを標榜すれば職業倫理などどこ吹く風。「何でもあり」なのでしょうか。それともエコには人の良心を麻痺させる魔物が潜んでいるのでしょうか。

同社には私の敬愛してやまない友人、知人が多数いらっしゃるだけにこのようなことを書くのは申し訳ない気持ちで一杯ですが、このところ業種、業態を問わず泥にまみれた社名が毎日のように報じられていますので、同社が名実ともに日本を代表する立派な会社であることを承知の上で不本意ながら最近の(世間にはザラにある)事例の一つとして採り上げてしまいました。)

電気自動車、ハイブリッド自動車などメーカーによってエコを旗印にして着々とその生産、販売戦略は進められています。また一部家電製品についてはエコポイント導入についてその具体化が進んでいます。これらは言うまでもなく真剣、大真面目な取り組みと(無理無理)信じています。あとは実行段階での評価と宣伝文句にごまかしのないことをひたすら願うのみです。

2009年5月 1日 (金)

第84話 身近なことからエコを考える

この写真の被写体は何だかお判りですか。

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先日デパートで買い物をしたときに頂いた景品です。ステンレス製の長さ12センチほどの棒が4本、それぞれの端にネジが刻まれていてねじ込めば2本の長い棒になります。さらに持ち運びに便利なように上品な金属製のケースが付いています。これが何であるか暫く考え込んでしまいました。

判った! 「マイ箸」だったのです。どなたの考案か存じませんが割り箸追放運動のための最先端製品なのでしょう。
  統計によりますと我が国の割り箸年間消費量は約260億本! 何と一人当たり年間200膳にもなるのです。そしてその殆どは中国からの輸入品なのです。国産品は間伐材から作られていますが、輸入品は木材として広く使われている丸太から作られている由。そして消費者は「割り箸派」と「マイ箸派」に分かれてそれぞれ自らの立場を主張しています。
森林資源が消耗品として使われてしまうことが気になりますが、さりとて冒頭に紹介しました金属製のマイ箸を製作し長期間使用するための資源とエネルギーを考えたとき果たしてエコと言えるのでしょうか。

そこで提案です。(災いは根源から断つのが常道)いっそのこと全国民挙って食習慣を改めて食事の際箸を使うのを止めて西欧式にナイフ、フォークそしてスプーンを使うことにしたら如何でしょうか。伝統だ、固有の文化だなどと古来の食事作法を変えることに抵抗感を覚える人もおられるでしょうが、この際肩の力を抜いて気持ちを切り替えて見ませんか。主食も長い年月を経て粟、稗等の雑穀から徐々にではありますがいつの間にか米飯に、そしてパン食に変わりつつあります。当然のことながらこれに伴って食器類も変化して良いのではないでしょうか。

エコは視点を地球規模に置きながらも身近なことからこつこつと実践すべきものだと思います。

2009年4月22日 (水)

第83話 歴史書に動きや音が欲しい

数年住んでいた秋田を離れてから30年、久しぶりに訪れました。日頃都会の喧騒の巷に暮らし硬直しつつある私には全てが新鮮でした。そこに暮らしている人にとっては感じていないかも知れませんが人々の物腰、会話が柔らかく穏やかでした。表通りから眺めた町並みや観光案内書のみでは知りえない秋田の風土の豊かさをしみじみと感じ、忘れかけていた柔軟な心根を取り戻した旅でした。

    P119_5

話は突如変わりますが、何時の時代であってもその史実は文字と絵によってのみ残されています。江戸時代の町人はどんな言葉で会話をし、どんなテンポで街道を歩いていたのでしょうか。縄文時代の人はどんな会話を交わしながら狩猟をしていたのでしょうか。今では私共は時代劇や古代を舞台とした映画等での(恐らく想像の産物である)俳優の仕草でしか知ることができませんが、もし事実を知ることができればあの時代に学ぶことが多いのではないでしょうか。
庶民のみならず歴史に名前を留めている、例えば徳川家康、織田信長はどんな声だったのでしょうか。更にさかのぼって聖徳太子はどのような声で十七条憲法を読み上げたのでしょうか。そして紫式部は? 大伴家持は? 興味は果てしなく拡がります。
万葉集のいくつかの歌を読む限り自然に対する感動、家族や恋人を思う情感は現在と変わることなく充分共感できますが、これらを詠んだ作者は日常どのような会話をしていたのでしょうか。文字面のみでなく肉声が伴ってこそ更に感動にふくらみが出るように思います。人と人との係わり合いこそ社会を支える力であり、言葉と挙動がその源泉になっているのではないでしょうか。

今更申し上げるまでもなく技術の進歩は目覚しく「音」「動き」を忠実に記録に留めることができています。これに「匂い」が加われば万全でしょう。
歴史には我々の五感に訴える全てが記録されていることが望ましく、技術の進歩はそれを可能にしました。より完璧な記録とそれを読み解く知性とが相俟って歴史書は現在から将来に向かって一層重みを増すものと思います。

2009年4月11日 (土)

第82話 桜の花の下で「願わくは・・・」

当地十日ほどまえに桜が満開でした。桜を見上げつつそぞろ歩き、家族揃って春を満喫しました。

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西行法師が数百年前に詠んだ「願わくは花の下にて春死なんその望月の如月の頃」がふと頭をかすめました。花と月の美しさを称え、お釈迦様の教えを感得し高い境地に達した僧の心だと思います。私のような凡人は到底その足許にも及ばぬながらも、たとえ一歩でもその境地に近づきたいものです。

桜花はそれを眺めるとき気持ちを和ませる華やかさを持ちつつも、古来何人かの作家によって語られている話や様々な人間模様を見聞きするにつけその対極にある「凄絶さ」「厳しさ」を併せ漂わせているように思います。

この写真のお寺の墓地に祖父母、両親そして次男が眠っています。

    

2009年4月 1日 (水)

第81話 花を愛でる心(続)

ご存知「パンの花」。主にご婦人方の間でもてはやされている手芸の一つですね。しかしどうしてもこの造花が好きになれないのです。如何に作者が美しいと思って作ったものであるにせよこの装飾品は第79話「花を愛でる心」で申し述べましたように日毎にその姿を変えてゆく動き(「命」と言ったらよいのでしょうか)がないからなのです。
花は生きていなければなりません。毎日々々美しさを保つべく手をかけることこそ花を愛でる心だと思うのです。

それと別の観点から一言。
子供の頃から「お米は大切にしなさい。お百姓さんが丹精こめて作ったものです。一粒でもご飯粒を残してはいけません」と厳しく躾けられてきました。そして育ち盛りの頃には第二次世界大戦戦中戦後の飢餓の時代でした。

   P117

最近石油代替燃料として、そしてエコロジーブームに乗ってバイオエタノールが大きく注目されています。主にとうもろこしを原料としているのですが、これが食料の需給バランスの点から問題ありとして原料を非食料材料とする動きがあると承知しています。
食料は人間の生存に直結しているものです。食材料を食料以外に使用することは厳に慎むべきではないでしょうか。
バイオエタノールとパンの花とはその影響する範囲、規模において比較にならぬ程の差がありますが、考え方の根底は同一であると思います。

幼い頃から体に沁みこんでいる「食の尊さ」「食の有難さ」からして食料の一部である食パン、小麦粉、コーンスターチ等を単なる手慰みの材料として使うことをどうしても受け入れることが出来ないのです。

(かつてテレビ番組で食べ物をゲーム感覚でもてあそんだとて世間の厳しい非難を浴びたことを想い起しました。また発展的には超長期的観点から地球規模での食料生産能力と世界総人口の限界の関係にまで思いを致さねばならないと思うのです。・・・身近なパンの花から思わず地球環境にまで話題を拡げてしまいました。・・・)

2009年3月22日 (日)

第80話 幼い頃のイメージ

間もなく入学式の時節です。遥か以前のことながら緊張と不安と期待の入り混じったわくわくした気持ちで親に連れられて小学校の正門をくぐった日のことが想い起されます。

そんな気持ちを絵にするとこうなりました。

    P115

青空に浮かんだ沢山のゴム風船にも見え、運動会の日ふと見上げた空の光景にも似ていますね。はたまた近くの神社のお祭りで参道の傍らに並んだ屋台を連想します。

取り囲む全てが輝いていたあの日から早や4分の3世紀経ちました。新入生、新入社員に心からなる声援を送りつつ古来言われている「光陰矢の如し」を実感しています。

(風船が何個あるでしょうか。数えてみませんか。実は大小合わせて100個あるのです。)

2009年3月12日 (木)

第79話 花を愛でる心

「生者必滅 会者定離」(生まれたものは何時か死ぬ。会ったものとは何時か離れる運命にある。)仏教の教えの中にあります。
春のお彼岸も近くなり、ふとこの言葉が頭に浮かんできました。

花は見る人の心を和ませるもの、その場所が家庭の中であれ多くの人の目に触れる場所であれ本当に嬉しいものです。

   P116

ところがどうでしょう。しばしば造花、アートフラワーとも言われているプラスチック製の花の形をした装飾物を見受けます。それを見た瞬間目に砂埃が入ったような感覚に襲われます。昨日も今日も同じ形のまま、いつまでも変わらず花の形をした人工物には不気味ささえ感じます。ましてどれ程前からそこの置かれたものなのでしょう。花びらにはうっすら埃が積もり、色は退色したまま放置されているのを見ますとむしずが走る思いがします。
往々にして住宅内であれば玄関、居間そしてトイレの手洗い、外出すれば多くの人の行き交う場所にそれを見かけます。設置した人からすれば何の手数もかからずに何時までも変わらず美しさを保っていてこんな重宝なものはないと思っているのでしょう。しかし私はどうしてもその硬直した心根が頂けないのです。

日毎に姿を変え、やがては枯れて行く「生きている花」であってこそ見る人に感動を与えるものであり、その様を日毎に眺め、そして美しさを保つべく手をかけ気配りすることこそ真に花を愛で自然と融合する心ではないでしょうか。

お彼岸には庭木の一枝を加えた花束を墓前にお供えしお参りするつもりです。

造花の似合うのはパチンコ屋の店先と葬儀場の入り口だけでもう沢山です。

2009年3月 1日 (日)

第78話 この冬を振り返ってみました

     "Spring has come."
記憶とは不思議なものですね。遥か以前のあの当時のことは殆ど忘れてしまいましたのに、中学校1年の英語の教科書にあったこの一節だけが頭の片隅に残っていました。

厳しい冬も過ぎ去り、桃の節句も目前、このところすっかり春めいてきましたところ「オイオイ 忘れてもらっては困るよ。冬は寒いものだぞ」と天からの声。そして一昨日はこの冬締めくくりの春の淡雪。しかし当地この日までは一両日雪がちらつきましたものの積もることもなく比較的(世相は別として)穏やかな冬であったと思います。

最近の15年間の冬季(12月~2月)の気温のグラフを作ってみました。

    G24

平均気温はそれぞれの年の12月から翌年2月までの3ヶ月の平均値、最高、最低気温はその期間での最高、最低値です。
この15年間に最高、最低気温は僅かながら上昇傾向が見られますが、地球温暖化が声高に叫ばれている割には平均気温にその傾向は見られませんでした。この冬も体で感じた通りで格別気温が大きく変動したわけでもありません。
参考までに50年前(1958年(昭和33年))の冬季の平均気温を調べてみましたら9.6℃でした。50年間に視野を拡げても地球温暖化を読み取ることが出来ませんでした。

でも50年前といえば私は入社したばかり、早朝先輩の方々が出勤する前に仕事場の床を掃除した時の手の冷たかったこと。今より遥かに寒かったように思いますがデータではそれ程でもありませんね。

     (気温のデータは東京・大手町の気象台の測定値を使いました)。

  

2009年2月19日 (木)

第77話 ごくろうさま

1年に一度の税務署行き。確定申告をすませてホッとしたところで係員から「ごくろうさま」と一声かけられました。
「ごくろうさま」は目上の者が目下に対してねぎらいの意味をこめて使う言葉だと思っていますのにここで聞くとは思ってもいませんでした。

    P114

昔のお代官様よろしく下々の一般庶民がお上に税金を納める手続きをしたことに税務署のお役人が「褒めてとらせる」との意味をこめて表現したのでしょうか。
最近の新聞・雑誌の可なりのスペースが徴収した税金を公務員が我が物顔に使い放題、そして政治家の無定見、不見識な浪費とバラマキのニュースで占められています。「よし よし。これでわしの懐は膨らんだぞ」と言った意識が底流にあって「ごくろうさま」との言葉になったのであろうと思いたくなります。

この時ばかりではありません。この歳になると日常の交際相手が年下であることが多くなってきました。色々な場面で若い方から「ごくろうさま」と言われることがしばしば。この言葉は年長者に対しては使ってはならぬと堅く思っていますのでその都度違和感を覚えています。

相手が本意を取り違えているのでしょうか。それとも(格別ひがんでいるわけではありませんが)常に私が下位(落ちぶれた老人)に見られているからなのでしょうか。

2009年2月 5日 (木)

第76話 地球温暖化への進化論的な対応

大気中の二酸化炭素の増大によって全地球的に温暖化が進み、海面が上昇する、氷山が溶ける、動植物の生態系に異変が生ずる、気候の変動が激しくなる等が指摘されています。その結果人々の生活に深刻な影響が出ているというのが今日の定説になっています。そしてその対応策が全世界的に繰り広げられているのはご承知の通りです。全てこれらのことは環境の変動が人類に与える悪影響を懸念してのことです。そして視野の範囲はここ数十年、長く見ても100年です。

ところで地球の生成したのは46億年前であり、考古学者の研究によれば類人猿から猿人が誕生したのは500万年前であり、これを祖先に持つ我々人類は極めて長い年月を経て今日があるわけです。その間過酷な環境を潜り抜けて与えられた環境に順応しつつ進化してきた結果我々が存在するのです。

     P113

このことに関する進化論は体系的には中世の思想家、哲学者によって胚胎し、その間社会学、宗教の分野で議論がありながらも自然科学の分野ではその体系は確立し21世紀の今日まで連綿として発展し続けています。なかでもダーウインの「種の起源」(1836年)は多くの人々に影響を与えた研究・著作であり、その中で「生物の遺伝的形質は世代を経るに従って変化する」、「環境収容力は常に生物の繁殖力より小さい。有利な形質を持ったものが多くの子を残す」と言ったことが述べられています。

生物で言う「進化」は進歩する、前進する、良くなると言うことでなく変化することであることを念頭に、温暖化傾向にある全地球環境の中で我々人類はどのように進化して行くのか考えてみてもよいのではないでしょうか。 人間の個体の寿命を基準とした視野の中で環境を制御しようとする今日懸命に議論されている温暖化対策を決してないがしろにする心算はありませんし、これはこれで極めて重要なことですが、その対極として変化していく自然環境を主体においてそれに人類がいかに順応(進化)してゆくか超長期的観点から見ることも必要なのではないでしょうか。
悠久の人類の歴史からすれば100年、200年はほんの一瞬のことです。
極論すれば現在は温暖化に対応する人類進化のスタート時点と考えてよく、そして何千年後には温暖化に順応した人類が闊歩しているかもしれませんからね。

・・・同じ視点に立った別の問題:特に最近「少子化」が問題になっています。これも人類の生殖力の低下によるものとか社会学的問題として捉えずに、地球の人類収容力の限度から人口増加が抑制されていると進化論的に解釈できないでしょうか。・・・

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